こばると歴史探訪ログ

関西の史跡や寺社を訪れた記録です

第七十代:後冷泉天皇(ごれいぜいてんのう)の圓乘寺陵(えんじょうじのみささぎ)

後冷泉天皇陵は、龍安寺北の父上の後朱雀天皇陵の左隣です。

 

 

 

歴史を知ってこそ、この場所の成り立ちがわかります。

 

天皇陵に興味なかった頃の私は、龍安寺の北側にこういう場所があるとも知りませんでした。

 

まあ世の中のほとんどの人はそうでしょう。龍安寺と聞いて興味があるのは、石庭だけでしょう。

さて、後冷泉でなにか目立つトピックスはないのかと調べたら、3人の后が並立したのは後冷泉天皇が唯一だとありました。

 

正室が三人ということです。

 

中宮:章子内親王(1026年 - 1105年) - 後一条天皇第一皇女
皇后:藤原寛子(1036年 - 1127年) - 関白藤原頼通長女
皇后:藤原歓子(1021年 - 1102年) - 関白藤原教通三女

 

藤原家ががっつり食いついてます。しかし皮肉なことに、後冷泉は皇子に恵まれず、次の天皇は藤原氏を外戚に持たない異母弟の後三条天皇が後を継ぐことになります。

 

今やっている大河ドラマも、頼朝が死んで、これから御家人の権力争いが激しくなっていきます。そのとき頼朝とどれだけの血縁があるか、ということがアドバンテージになってくるわけです。

 

こういう権力争いの話は、歴史的には派手な事件はありませんが、演出次第で面白い展開になるかもしれません。